大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和36年(オ)414号 判決 1965年3月18日

主文

被上告会社が昭和二六年八月二五日の臨主株主総会においてなした決議中、定款第七条末項に関する部分につき、原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。

右決議中定款第七条末項を無効とする。

上告人のその余の上告を棄却する。

訴訟の総費用はこれを二分し、その一を上告人の負担とし、その余を被上告会社の負担とする。

理由

上告人の上告理由について。

論旨は、要するに、本件定款第七条末項(償還済特殊株式と同数の普通株式の発行)および第八条(新株引受権)に関する本件決議を有効と解した原判決は、商法三四七条および昭和三〇年法律第二八号による改正前の商法(以下旧商法という)一六六条一項五号、三四七条二項の解釈を誤り、ひいては審理不尽、判断遺脱の違法がある、というのである。

(一)  まず本件定款第七条末項について判断するに、原審確定したところによれば、被上告会社の昭和二六年八月二五日の株主総会において、同条同項を「特殊株式ヲ償還セルトキハ当社ハ其ノ株式数ト同数ノ普通株式ヲ発行スルコトヲ得」とする旨の定款変更の決議をしたのであつて、原判決は所論のとおりこれを有効である旨判断しているのである。

思うに、終戦後、株式会社についていわゆる授権資本制度が採用されたが、定款上、徒に巨大な授権資本の額を掲げて世人を欺罔することを防止するため、商法は授権資本の枠、すなわち「会社ガ発行スル株式ノ総数」を定款に必ず記載することを要するものとし(商法一六六条一項三号)、その総数は、現に発行している株式の数の四倍を超え得ない旨の制限を定めた。株式会社設立に際して発行する株式の総数は、会社が発行する株式の総数の四分の一を下ることを得ずとし(商法一六六条二項)たのは、制限を示し、また商法三四七条が会社が発行する株式の総数は、発行済株式の総数の四倍を超えてこれを増加することを得ずと規定したのも、この制限を示している。従つて、右三四七条にいう」会社ガ発行スル株式ノ総数」、すなわちいわゆる授権資本の枠は、株式会社の定款の必要的記載事項として、その変更は必ず定款変更の手続によることを要するのであつて、単に会社が発行していた償還株式を償還した一事によつて、その枠が当然に変更されるものではない。また同条にいう「発行済株式ノ総数」とは、株式会社が発行して現に存する株式の総数を意味するのであつて、償還済の償還株式の株式数は、右にいうところの「発行済株式ノ総数」に含まれるものではない。

今叙上の見地に立つて本件を見るに、原審の確定したところによれば、被上告会社の発行済株式の総数は六万株であつたところ、前記株主総会において、「会社ガ発行スル株式ノ総数」を二四万株(普通株式一二万株、償還株式一二万株)とし、しかもその償還株式一二万株を発行の上、全部償還された場合にはこれと同数の普通株式一二万株を発行し得る旨の定款変更が可決されたのである。思うに、この定款変更の決議は、この償還株式が将来償還されるときは、「会社ガ発行スル株式ノ総数」、すなわち授権資本の枠はその限度で当然に減少するとの見地に立つものと解される。しかし、叙上説示したところによれば、かかる見解の採るべからざることは明らかである。従つて右決議によつて、被上告会社における「会社ガ発行スル株式ノ総数」、すなわち、授権資本の枠は、右二四万株(普通株式一二万株、償還株式一二万株)となつたのではなく、これに更に償還株式の償還のとき発行されるべき普通株式一二万株を加えたところの三六万株となつたものと解せざるを得ないのであつて、この三六万株という株式数は、被上告会社の発行済の株式の総数六万株の四倍の枠を超えることはいうまでもない。結局、右条項に関する本件決議は、商法三四七条の違反し無効たるべきものであるから、いわゆる決議無効確認の訴(商法二五二条)によつてこれを無効とすることを求め得るものといわなければならない。それ故、論旨は理由があり、原判決中この点に関する部分は破棄を免れない。

(二)  次に本件定款第八条の点を考える。原審の確定したところによれば、被上告会社は前記株主総会において「当会社ハ取締役会ノ決議ニヨリ株主ニ対シテ新株ノ引受権ヲ与フルコトヲ得ルモノトス」(定款第八条)と定款変更の決議をしたのであるが、右のごとき定款の規定が有効なりや否やと争われたのであつた。これは右決議当時の旧商法三四七条二項は「会社ハ発行スル株式ノ総数ヲ増加スル場合ニ於テハ、増加スヘキ株式ニ付、定款ヲ以テ株主ニ対シ新株引受権ヲ与ヘ、制限シ、又ハ排除スル旨ヲ定ムルコトヲ要ス」と規定していたからである。しかし、昭和三〇年法律第二八号「商法の一部を改正する法律」は、右旧商法の条文を削除し、新たに商法二八〇条ノ二において「新株ノ引受権ヲ与フベキ者並ニ引受権ノ目的タル株式ノ額面無額面ノ別、種類、数及発行価額」について、定款に定めのないときは取締役会がこれを決する旨規定した。これは右定款第八条と趣旨を同じくするものであり、すなわち、右定款第八条に該当する規定が、新たに商法上に規定されたのである。更に右改正法律附則三項において「この法律施行前に定めた新株の引受権に関する定款の規定の不備は、新株発行の効力を妨げない」旨定められたので、これらの商法改正の結果より鑑みるとき、右定款第八条は無効であるにせよ、現行商法のもとにおいては、それを無効とすることを求める利益は最早存在しないものといわなければならない。従つて、原判決中定款第八条に関する本件決議を無効することを求める上告人の請求を棄却した部分は、結局正当であることに帰し、この点の論旨は理由がない。

よつて、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、三八六条、九六条、八九条、九二条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松田二郎 裁判官 入江俊郎 裁判官 長部謹吾 裁判官 岩田 誠)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例